大昔に主を釣った話。

今週末は釣り出来そうですね。どうも何某です。

吉田類がひれ酒を呑んでるのを見て、昔の話を思い出したので書いておきます。

山、籠もる

20歳の頃。私達は暇だった。
地方は仕事もそれほどなく、閑散期には全く仕事がなくなることも多い。そんなものだから、休みたいといえば1週間でも2週間でもどうぞという具合だ。
それだけ時間が有るなら山にでも籠もるか。そう考えてしまうのは必然。
荷物は、最低限の食料と必要以上に持った酒。そして、ビニールシートと釣り道具。
基本的には釣った魚を食べて生きることになる。そう言えばたいそうなサバイバルに聞こえるだろうが、実際は車で1時間も走れば街に出る場所だ。街までは50kmほどだが途中に民家はいくらでもある。郊外にある閑静な住宅街と同じ感覚。
名物である林道のパイプ椅子に座り続けている爺さんに遊漁料を払う。いったい何時から座っているのか。噂では深夜2時にも座っているらしい。

『何台入ってますか?』
「さっき大阪がら来た車1台だなはん。手前でやるって言ってだがら、上さ行げばいいなはん。」
『3日はいるがらその分で。4人ね。』
「先週熊出だがら気をつけでなはん。」

恐ろしいことを言う。
一瞬どうするという空気が流れたが、どっちにしろ熊がいるところに釣りに行くのは今日だけではない。渓流釣りをする以上、熊は切っても切り離せないのだ。日を改める意味はあまりない。
車一台しか通れずガードレールも無い。そんな道を慎重に進む。少し間違えば崖下。緊張感が凄い。
車がギリギリ入るスペースに駐車し渓に降りる。
真夏ということでウェーダーも履かずに飛び込んだS氏がすぐ帰ってきた。山奥の渓流の水は冷たい。しかもほぼ日陰なのだ。何気に防寒が必要になることも多い。
全員でウェーダーを履き山籠もりがはじまった。

順調に釣り上がる

S氏とH氏はルアー。M氏と私はフライで釣り上がる。まだここは川幅があるため、左右に1人づつ入り釣り上がる。
手頃なサイズのイワナがカディスに食いついてくる。平日なので人が入っていないのか反応がいい。
ルアーを追うのも見える。やはり涼しい山奥まで来ると真夏でも魚は元気なようだ。
全員が釣った頃、反応が悪くなってきた。前方を見ると2人ほど先行者が見える。

『こりゃ叩かれてるな。ジイさんが言ってた大阪の人かな?』
「じゃ一回戻ってベース作るべ。」

適当に広い場所を見つけ荷物を降ろし、焚き火をするための枯れ木を集める。
イワナを川で洗い刺し身に。
今考えると、とても恐ろしいことをしているが、当時は新鮮な魚は全て刺し身で大丈夫、綺麗な渓流の水は直接飲んで大丈夫、という間違った知識を持っていた。

「釣り人の特権だな。」

などと言いながら持ってきた日本酒を丼に注ぎあおる。
休んだ後、再び川に入ることにした。その際、自然界に無いものは置かないようにする。一度でも人の食べ物を口に入れた熊は、その味を覚えてしまい人を襲うようになると教えられていたためだ。
2組に分かれてもう少し上まで行こうか、などと言いながらベースを後にする。

川の主釣り

ひぐらしが鳴き始めると、ベース横の水深のある場所でライズが頻繁に発生した。
ルアーにはいまいち反応しないが、昼間釣果を出したアントから変えたメイフライに良く反応する。
がしかし、上手いこと乗らない。楽しくもあるが釣れないもどかしさもある。
S氏が早引きしてきたスプーンを何かが追ってくるが、岸際でクルンと身を翻し潜っていってしまった。
いろいろ試すが、何をやっても食ってはこない。

「あれは主だな。」
「40cmぐらいあんじゃねーのが。」
『最近にしてはデカイな。』

ほんの数年前までは、その辺の川にもサクラマスやら40cmを超えるイワナなど、今では驚くほど泳いでいたものだ。
幅30cmほどのボサ川で48cmのイワナが取れたという話もある。
釣ったのではなく、水位が浅く横たわってたのを獲ったのだそうだ。一体そのイワナはどこから来たのかは謎である。
突如として出現した川の主。皆の気持ちが一気に高まる。

山の主に教わる

あの手この手を使うも全く食ってこない。流石に無理かと諦めていると、山の門番のジイさんがいつの間にか後ろにいた。

「そろそろ門締めるが、本当に帰ぇんねぇのが?」
「大丈夫です。やんべにやってるんで気使わずに。」
「まぁ門っても鍵ねぇがら。釣れだが?」
「大きいイワナいるんですよ、そごに。主ですかね?」

人懐っこいM氏が冗談っぽく話す。

「んだ。主だな。」

ジジイ今なんて言った?とM氏と私は顔を見合わせる。

「アイヅは悪食だがらなはん!!蛇だのイノシシの子っこだの食うぞっ!!」

目を見開き叫んだ後、ジイさんはこう続ける。

「でもな、ほれ、そのトンボ捕まえで、羽もいですぐだぞ。一発だなはん。」

ニヤリとした後、「クマっこさ気をつけでなー。」とジイさんは帰って行った。
そういえば、子供の頃、水辺には怪しい年寄りがよくおり、「水辺に近づくと主に食われるぞ。」と伝説の押し売りをしてきたものである。
今回もその類だろうか。
トンボで釣れるらしいぞとM氏が言うと、H氏が「じゃそれ貸して。」とフライロッドを借り、羽をちぎったトンボをフライにつけて川上から流した。
上手いこと筋を流せず苦労したが、何度か試すと「トプンっ」と水面に大きな波紋が出来た。
次の瞬間リールが逆回転し、ラインが走りはじめる。

「食った!食った!食った!」

4人は大声を出し興奮状態だ。しばらくやり取りした後、上がってきたのは38cmの大きなイワナ。
主と言うには小さい気がするが、渓流でこのサイズは大迫力である。
大満足し初日は納竿とした。

密度の濃い星空と骨酒

焚き火の周りにイワナを刺し焼く。鍋で燗をつけた日本酒を呑みながら、こいつを食すのだ。
昼も夜も同じメニューだが、まだまだ飽きない。
少し小ぶりのイワナはカラカラになるまで長めに焼き、熱めにした日本酒を注いだ丼に投げ入れる。岩魚の骨酒というやつだ。
ふぐのひれ酒のような、系統的には出汁割りみたいなものだろうか。
家で冷静に呑むと臭みがあり好みではないのだが、自分で釣った魚をその場で焼いて作ったとなると、また違うものである。
骨酒をしこたま呑んで気持ちよくなった私達は、ビニールシートに包まり横になった。
ちょうど川の上に木がないため、天の川のように星空の線が出来ている。いや、あまりに星の数が多すぎて、星空というよりも光の帯。田舎育ちでもなかなか見ることがない景色だ。
川の流れる音、虫の声をBGMに眺めていると、光に吸い込まれるような感覚で寝てしまった。

半ばで撤退

深夜も深夜に起こされる。

「おぃ。野犬じゃないか?」

ウォーン、ウォーンと遠吠えが聞こえる。

『ほんとだ。やべぇな。』

高校時代にキャンプで野犬に襲われ、食料全て持っていかれた経験を持つ私は身構えH氏に声をかける。

「人は襲わないだろ。食うものねぇし。大丈夫。」

とH氏は寝てしまった。まぁ4人いればなんとかなるのかもと再び寝るが、その直後、大粒の雨がポツポツと顔を叩いた。
あんなに晴れていたのにと空を見ると、星は出ておらず真っ暗である。山の天気は変わりやすい。
どうするかと明るいうちの記憶を辿るも、雨宿り出来そうな場所は川を渡る必要がある。このまま降り続けて増水すれば帰ってこれない。これは一旦車で寝たほうがよさそうだ。
朝になっても雨は止まず、水かさも増して見えるため、断念し帰ることした。
山の入口まで行くと、勝手に門が開いた。雨天の朝4時だというのにもうジイさんがいる。

「生きてりゃまた来れるがらなはん。」

そう言うとジイさんは合羽を着たまま、雨ざらしのパイプ椅子に座り監視を続けた。

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