大昔にワカサギ釣りに行った話。

芦ノ湖のワカサギってブランドワカサギらしいですね。どうも何某です。

なんとなく昔の話を思い出したので書いてみます。

厳冬のダム湖

パリっとした空気の夜明け前。当時20歳の私は友人3人と家から一時間ほど山奥のダム湖に向かう。
すっかり凍結した周辺の道路を走っていると、湖面に無数の灯りが見えてくる。ワカサギ釣りのテントだ。
彼らは凍った湖にテントを張り、暖をとりながら何日も泊まり込みでワカサギを釣り続ける。
もちろん私達も同じように泊まり込みで釣るために来たのだ。
遊漁券の販売所に着き、車を降りると一気に鼻毛が凍る。厚さ20cmほどの氷が張る寒さ。
スノボのウェアを慌てて着て販売所に入る。
滞在日数分の遊漁券を購入し、立ち入り禁止場所の説明を受ける。氷が薄い場所は立ち入り禁止。年々禁止箇所が増えてきた。

「ありゃー。あそごいがったのに、今年はだめですかー。」

M氏が残念そうにする。昨年そのポイントで1日で200匹以上あがったのだ。

「こないだダメだっつったのに行ぐ人さいで、テントごとドボンさ。そのまま逝ったがらよー。」
「んでばーしょうがないっすねー。」

割れて落ちても這い上がれればまだいいが、この寒さでは恐ろしいことに湖面がすぐ凍ってしまう。氷が解けてから初めて見つかることも多い。

釣る前に疲れる

ソリに荷物を載せた後、勢いよく飛び乗り湖面まで滑り降りる。その後はズルズルと引きずりながらポイントを探す。
氷上のワカサギ釣りは氷に穴を開けるところから始まるわけだが、基本的には誰かが一度開けた穴を使うことになる。新しくポイントを探すよりも、そのほうが効率的だからだ。
夏の間はフローターを使用したバス釣りで訪れているので、カケアガリなどはある程度把握している。
ちょうどいい間隔で開いている穴を探し、手動のドリルで穴を4つほど交代で開ける。新規の穴ではないので比較的楽とはいえ、20cmの穴を開けるのはなかなかの重労働。
さらには開けた直後から凍っていくため、S氏は穴の空いたオタマを片手にせっせと氷を掻き出している。
私達はその横でテントを組み立て、S氏ごと穴の上に被せた。ワカサギ釣り用のテントは釣りが出来るように床が無いのだ。
かなり大きいテントで普通のテントなら6〜8人用とかになるのではないだろうか。
四辺にそれぞれシートと布団を敷き、いつでも寝れるように準備をする。
人がいる日中のテントは半袖でもいけるくらい温かい。すでに汗だくである。
雪の上に放置してあるビールを手に取り乾杯。

自作の釣り竿

今は電動リールだなんだとあるが、当時はワカサギ釣りといえば、手釣りか、自作の竿でやるかしかなく、完成品として専用竿が売ってることなどはなかった。
自作の場合、当時流行っていたのはアルミ板を幅1cm、長さ30cmも無いほどの台形状に切ってガイドを付け、手に収まる手頃な角材に刺すという、本当にこれで魚を釣るのかと疑われるほどのものである。
これにS氏以外は、おもちゃのような安い小さなリールをビニールテープで取り付け使う。S氏は使わないともったいないという理由から愛用のスピニングリールがついていた。
なぜ持ち手が角材かというと、下に置いたこれまた角材に持ち手を叩きつけ、穂先を震わせて誘うという手法を用いるからだ。手を上下に動かすよりも、コンコンと叩きつけるほうが何日も釣るには疲れないのである。
穂先を塗って動きがわかるようにしたり、個々のこだわりが出るのも面白いところである。

釣り開始と洗礼

環境さえ整ってしまえば後は釣るだけ。テント内ならば温かいので、穴の凍る速度も遅い。
餌は紅サシ。一般的にはウジ虫というのだろうか。これをハリにちょん掛けし、ハサミで切ってエキスが出るようにする。
仕掛けを落としてからはひたすら誘うだけだが、ワカサギは回遊魚なので、釣れない時は釣れない。
しかしこの時はM氏、H氏、そして私と3人が順調に釣り上げる。S氏の穴の釣果はよろしくない。穴一つズレても釣果が変わるのも、この釣りの面白いところではあるが、釣れない本人としてはたまったものではない。
旅をしてくると、S氏はドリルを持って外に出ていった。
しばらくするとS氏の叫び声がダム湖にこだまする。

「うわーっ!!!」
『なにしたっ!落ちだが!?』

あわててテントから出ると、ドリルの先をこちらに向けて立つS氏がいる。
このドリル、先端に掘った氷を溜める構造になっているのだが、そこを見ろとS氏。
よくみると釘を打てるほどに凍った誰かのものがある。
あの頃は用を足したくなったら、寒い中移動が面倒なので穴を掘ってそこにするというのが当たり前であったのだ。

「コマセが効いてるかもよ。」

と悪ふざけをしながらS氏が仕掛けを落としてみると、なかなか釣れる。たしかに効いてるようだ。
釣ったそばから氷上に投げるとあっという間に山になった。

酒盛り

「んじゃ、そろそろやるがぁ?」

M氏がソリからガスコンロを取り出し、鍋に油を注ぐ。
本格的な装備ではないので、日のあるうちにガスを使わないと火がつかなくなってしまう。
あまり高温にはならないが、適度な温度になったところで、氷上に放置していたワカサギを天ぷら粉に漬け揚げる。
お湯の入った保温ポットに瓶ごと入れておいた日本酒を取り出す。
宴の始まりだ。
燗をつけた日本酒が胃袋を発火するような勢いで温める。

「うめな。」
「うめ。」

腹を満たした後、ソリ一杯に載せた雪を鍋に突っ込みお湯を沸かしては保温ポットや魔法瓶に移すという作業をする。これをしないとコーヒーも飲めず、いざお腹が空いたという時に、カップラーメンも食えないのだ。
ひとしきり作業を終えると眠気が襲ってきた。布団に入り仮眠を取る。夜は長いのだ。

寝ずの番

氷の上でやる釣りなので、夜は文字通り死ぬほど寒い。暖房は必須である。
2人のときは石油ストーブを使うが、4人もテントにいるので釣座が確保できる練炭を使う。どちらも換気をしないと一酸化炭素中毒で死んでしまう。そのため、限界が来たら2人づつ交代で寝る。起きてる者は1時間に1回換気をするのだ。
私とS氏の番だと起こされる。暖かくて眠そうになるが、寝たら死ぬ。キンキンに冷えたワインを回し飲みしながら目を覚ます。ここまで冷えていると酔う感じがしない。
釣れないなと言いながらも仕掛けを落とす。そして全員分の穴の氷を掻き出すのを繰り返す。
カップラーメンでも食べるかと準備をしていると、突如としてS氏が叫ぶ。
飛び起きる2人。
何事かと見てみると、S氏のアルミの竿がグニャリと折れ曲がっている。何か大物がかかったようだ。
時折、釣れたワカサギを別の魚が食べることがある。通常はすぐラインを切られたりするのだが、S氏の場合はリールがステラである。
そう、何を思ったかこの男。ワカサギ釣りでステラをつけているのだ。抜群のドラグ性能を駆使して寄せてくる。

「バスでねーが?」
「わがんねーぞ。ヒメマス釣れだって言ってた人いだがらな。」

何にせよ深夜にこの感じでは笑いが止まらない。反して必死なS氏の顔。竿が使えないのだからしょうがない。

『きたぞっ!』
「あっ!サグラだっ!!」

なんと穴から顔を覗かせたのはサクラマス。

「バター焼きだなこれは。バターあるがらいげっぞ。」
「じゃ、こいづデガくて穴通らねーじゃ。」

頭は穴にすっぽりハマるものの、胸から太すぎて通らないのである。

「どうする?」
『ちょっとこっちの穴がら手入れでみるわ。尾捕まえだぞ。』
「いげるが?」
『こいづはダメだな。なんともでぎね。』

S氏は悔しがりながらもリリースした。しょうがない。
テントの外では、深夜だというのに灯りを持って数人歩き回っている。ときおり怒鳴り声も聞こえてくる。
深夜だというのに、ちょっと騒ぎすぎてしまったか。
しかし興奮は冷めず、そのまま朝まで一睡もしないで釣りをすることになった。

強制撤収

夜明けとともに大勢の人が歩き回っている。また新しい釣り人が来たのだろうか。
さすがに疲れがあるのか、私達は無言で釣りを続けている。もはやなんのために釣りをしているのかもわからない。

「すいませーん。ちょっといいですかー?」

外から声がする。テントから顔を出したS氏が振り向き驚きの一言を言う。

「なんか撤収してくれだってよ。」

もう謎の義務感で続けている釣りだったが、撤収時間を決めるのは私達のはずだ。外部に言われる理由はない。
M氏が理由を聞きに行く。

「向ごうのテントの人死んだってさ。」

地元の消防団の方がM氏に続いて説明する。

「そういう訳だがら。移動してもらってもいんだけんども、あそご立ち入り禁止だがら、一旦登ってもらってさ、ぐるーっと回ってもらってだね。申しわげないけんとも。」

一酸化炭素中毒。ワカサギ釣りで毎年この死因で亡くなる方は多いが、まさかその日にあたるとは。
深夜騒がしかったのはこれのせいだったのか。
道具をまとめて車に戻る。

「午後には入れるみでぇだけれどどうする?」
『いやぁ。。。なぁ。。。』
「んだなぁ。。。」

なんとなくそんな気にはなれず、すっかり日が登り画用紙みたいになってしまったダム湖をぼんやりと見下ろし続けていた。

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