あの夏、いちばん騒がしい川の話。

マジで歳とると時間が進むのが早い。どうも何某です。こんにちは。

朝起きて、「あれやらないとなー。」って独り言を言い終わるかそこらで、もう15時ですよ。
息する暇もない。

いつもの渓。

あの夏、いちばん騒がしい川の話。

久石譲のSummerという曲を聴くと、幼少期の夏を思い出す。
すぐ成長するからと、身体のふた回りも大きい大人用の自転車を与えられ、学校が終わった後、不思議な漕ぎ方で川まで向かう。
今は広くなったようだが、舗装もガタガタの道の真ん中を、全速力にダンシングで進む。サドルに座るとペダルまで足が届かないのだ。
どこまでも続く田園。背丈ほどの緑の壁からリズミカルに、緑の絨毯が見える。

『いこーぜー。』

「おっかあ!水中メガネがねえー!もう来てるって!」

「あら!暑っついべ。ほれアイス。好ぎなの選んで。」

「ガリガリ君コーラは俺んだがらね!メガネ!どごっ⁉︎」

『僕はなんでもいいです。んじゃ、ビバオールで。』

1番川から遠い私が友人宅をまわり、声をかけていく役目だ。
道中1人、また1人と増える友人たちと、逃げ水に追いつくという、馬鹿げた目標へ向けて全速力で自転車を漕ぐ。

「喉乾いたなー。」

「じゃ、もらいに行こうぜー。」

その地域の子が先導する。この時間に人がいる家を知っているのだ。

「すいませーん。喉が渇いたのでお水くださーい。」

「あらあら。暑いものね。井戸あるからどうぞ。」

優しそうなおばあさんがニコニコしながら、我々が代わる代わる手動でポンプを動かすのを見ている。

「瓜食べで。今の子はスイカっていうんだが?まぁけぇ。」

用水路で冷やしていた楕円形の黄色い皮のスイカを切り分けてくれる。
当時は丸い緑のスイカなんて、テレビでしか見たことが無かった。

「志村っ!」

「コレっ!そんな急いで食べねーの!種出さねーどヘソがら芽っこ出るぞ‼︎」

怒りつつも、瓜の漬物と菓子パンを準備している。田舎のもてなしが始まった。
これは帰れなくなるぞと友人と話し、「ごちそうさまでしたー。」と無理矢理帰ろうとする。

「川行ぐなら帰り腹減るべ。持ってげ。」

ビニール袋に瓜の漬物とパンを詰めて押し付けてくる。受け取らないと帰れないので、自転車のカゴに放り投げお礼を言い、再度川へ向かう。

「良いババアだったな!また行こうぜー!」

良くしてもらったのに、なんて言い草だろうか。いいカモを見つけたくらいの感覚である。子供とは恐ろしい。
土手を一気に登る。越えれば川だ。
この土手を足を着かずに登りきれれば、仲間内では大人になったと認められる。
今のところ登りきれるのは、スーパーカー自転車に乗っているT君だけだ。
大量に採取したヨモギの葉を、河原の石で潰し、出てきた汁を水中メガネに塗りたくる。こうすると曇らないのだ。
鼻まで覆う水中メガネを顔にしっかり押さえつけ、準備運動もそこそこに大きな岩から飛び込む。
水面に近くなるほど暖かいが、3mほど潜ると完全に冷水である。だが、これが全速力で漕いできた少年達の身体には心地いい。
川底の大きな岩が目につく。先日のダムの放水で地形が変わったのだろうか。
T君が岩を掴み身体を引き寄せ下を覗くと、びっくりした顔で慌てて浮上してきた。

「デガいのがいだっ!!!なんだあれ!!!」

3mほど潜れるのは私とT君の2人しかいない。残りの3人はヤスと言われる、カエシのついた魚突きの道具を潜っている私達に手渡しする役目となった。
まず私が潜り、途中で手渡されたヤスを受け取り、川底の岩に頭をねじ込み浮かばないように身体を固定。奥にいる50cmないくらいの大魚に向かってドスンと一突きした。
刺さった感触があるものの息が続かず、後から潜水してきたT君にヤスを手渡し浮上。再度潜りヤスを受け取り、T君と交代。今度は頭目掛けて全力で突く。どうにも刺さりが甘く致命傷にはなってないらしい。
がしかし、2本のヤスが邪魔し岩陰から逃げれないようなので、一旦全員で浮上し態勢を立て直すこととした。

「残りのヤス全部刺すが?」

「身がボロボロなっちまうべ。」

『頭に刺さってるがら押し込めれば暴れねぐなるな。でもちょっと届がね。』

何かないかとまわりを見ると、壊れた自転車が捨ててあるのを見つけた。
全員で協力しタイヤチューブを引き出し、石を叩きつけ、擦り、引きちぎった。
一番長いヤスの持ち手部分にチューブを結び準備する。
再び潜り、チューブを持った手のままヤスの先を持つ。
狙いを定め手を開くと、目一杯伸びたチューブが一気に縮んだ。その勢いを利用し大魚の脳天目掛けて一直線に伸びていく。
鈍い音の直後に、「カツン。」と金属音が水中に響く。息苦しくなり浮上しながら貫通したのを確信した。
入れ替わりに潜ったT君が大魚を引き上げる。

「ウヒョー!!!」

ヤスを引き抜き両手で持ち上げ、代わる代わる釣りキチ三平選手権をし笑い転げる。
ひとしきり遊んだ。さて、どうするかと考えていると、漁協の蛍光ベストを着たオジサンが投網を背負って歩いてきた。

「これなんつー魚ですか?」

「サクラマスだな。突いだのが?」

「はい。」

「おっかあに切ってもらって焼いでもらえ。アルミホイルにバターど一緒にくるんで焼けばいい。」

バターという響きに私達はトキめいた。
そんな高級品は料理天国というテレビ番組でしか見たことがない。
C君が悲しそうな顔でオジサンに問う。

「マーガリンではダメですか?」

「バガだなぁ。マーガリンってのはパンに塗るやつだぞ?バターじゃねーぞ?」

C君はバターは高いからウチでは買えないとうなだれる。
それを見たS君が、家の冷蔵庫を見てくると自転車で猛スピードで走り去っていった。
待っている間、投網のオジサンの近くに行く。
甘いスイカの香りが漂っていた。天然の鮎がいる証拠だ。
見渡すと、そこらかしこの石一面にキスマークがついている。鮎が苔を食べるときにつく跡。これは期待できそうだ。
オジサンは、クルンと一回りし背負った投網を宙に放おった。
「ファッ」っという優しい音のあと四方八方に網が広がり、これまた優しく水面に広がり落ちた。
一泊おいて手繰り寄せる。
走り寄ると、むせ返るようなスイカの香りに顔をしかめた。大漁である。

「なんぼか持って帰るが?美味ぇぞ。」

大漁に気をよくしたのかオジサンは満面の笑みだ。

「いらねぇ。鮎って不味いんだもん。」

子供に鮎は不評である。
なぜなら、鮎というのは内蔵ごと食べる魚であるが、この内臓の中には苔がびっしりと詰まっている。この苔が非常に苦いのである。
子供は内蔵を取り除いてから食べるのだが、だいたいどこの家庭も酒飲みの父親に怒られる。「こんな美味いもの捨てるなんて勿体ない!!」と。
父親の分1匹だけという話しもあるが、これはこれで、酔っ払った父親が「美味いから食ってみろ。なんで食わないんだ!!」と、無理やり勧めてきては怒鳴るわけである。
そんなもんで、子供たちは怒られる原因の鮎が嫌いなのだ。

「おっとうが切ってやるから持ってこいだってさ。バターもちょっとだけあったから持ってけよ。」

自転車のかごにサクラマスを放り投げ、S君の家を目指す。
ナタを研いでいたS君の父親にサクラマスを差し出すと、庭の流しに木の板を置き、その上にサクラマスを横たえた。
どうやってさばくのだろうと、興味津々で見ていると、躊躇なくナタを人数分振り下ろす。
そのために研いでいたのか。ナタは木を切るためだけに使うのでは無いのだと知る。
電話を借り、母親の会社に電話し、バターが無いなら買ってきてくれと伝え帰宅した。
食べるのを楽しみにしていたのだが、遊び疲れた私は寝てしまっていたらしい。
お腹が空いて起きた頃には父親以外は皆寝ている時間だった。
サクラマスは明日だなと思いながら、何を食べようかと食卓を見回すと、これでもかと醤油をかけた見覚えのある切り身の欠片が皿に乗っていた。
バターはどうしたのだ。醤油に切り身を浮かべた状態になっているではないか。醤油以外の味はするのか。これだから北国のバカ舌は。
父親はわけもわからず、泣き叫ぶ私を見て慌てる。何事かと起きてきた母親に事情を聞き、申し訳無いと残り数口となったサクラマスを差し出してきた。
一口食べる。どういうつもりだ。予想はしていたが、これは醤油食ってるのと変わらないじゃないか。
北国め。味が濃いものが美味いとする北国が全て悪い。
もはやしょっぱいのは涙なのか醤油のせいなのか。
北国に産まれた自分を呪ったのだった。

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